幸田バプテスト教会









































神はわれらの避け所



幸田バプテスト教会 牧師 今井勝利

「神はわれらの避け所。また力。
苦しむとき、そこにある助け。
それゆえ、われらは恐れない。」
(詩篇 46章1〜2節)

 上記の詩に「苦しむとき…」とあるように、神様を信じていても、苦しみはやってきます。けれども、この詩の著者は、どんな試練が来ても「われらは恐れない」と言えたのです。それはなぜでしょうか?

■神様は私たちの避け所だから

 災害時に身の安全を守るための避難所が必要なように、心に苦しみが襲うとき、心の逃れ場が必要ではないでしょうか。 聖書は、神様こそ心にまことのやすらぎを与える避け所であると教えています。

 イエス・キリストは次のように言いました。
「わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」(ヨハネの福音書14章27節)

 キリストを救い主と信じて神の子どもとされるなら、直面する試練は変わらなくても、神様が避け所となって、平安で心を満たしてくださると約束されているのです。

■神様は私たちの力だから

 人は心の力を失えば、お金や健康に恵まれても、生き抜くことが辛くなってしまうのではないでしょうか。私たち一人一人に命を授けた神様は、一人一人を愛し、私たちの人生を支える力となってくださいます。

 私たちが心の力を失ってしまうのは、神様から離れ、神様の力に頼らずに人生を歩むことが原因です。全ての力と命の源である神様を信じて頼るなら、死からよみがえったキリストが共にいて、力となってくださるのです。

■神様は私たちの助けだから

 キリストを信じる人にも苦しみは訪れますが、同時に神様の助けが備えられています。

 聖書に次のような言葉があります。
「神は真実な方ですから、あなたがたを耐えられないほどの試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えて下さいます。」(コリント人への手紙第一10章13節)

 苦しみの中でも、神様が脱出の道を既に備えていることを確信するなら、前向きに歩むことができるのではないでしょうか。神様は、苦しむ私たちが置かれている状況も、心の内の悩みも、弱さも、全てご存知で、私たちに寄り添い、必要な助けをちょうど良い時にお与えになるのです。

 現在、世界には70億人以上の人がいますが、神様はまるで私一人だけを助けるかのように、一人一人に寄り添ってくださるのです。

あなたもイエス・キリストを救い主と信じてみませんか。

(礼拝メッセージより)