蒲郡山友会が開拓中の【仮称・里山トレイル】のルートは確定したが、整備、道標設置、アクセス
ルート探索、等々課題は山積み。今日は会長と二人で破線ルートの現状観察に行ってきた。
一つは大河ドラマ【どうする家康】が始まっているが、竹千代が駿府に送られる時、岡崎から蒲郡に、
三河湾を船で渡り豊橋の老津に着いたが、織田方の鵜殿氏に拉致され織田の人質になっている。この時の
岡崎から山越えルートが【竹千代の道】として蒲郡市坂本町の山間に残されている。
2012年に歩いているが、当時とほぼ変わっていない。坂本の集落に下ると、三河湾も望め、整備された
丘陵地のミカン畑とその裏の山が陽に照らされ美しい。此処は丘陵地で日当たりや水はけが良く蒲郡市内でも
有数のミカン産地。
一等三角点のある桑谷山の東にある桑谷駐車場から蒲郡へ下るアクセスルートには最適と判断できる。
もう一つは清田町の【マスミ池】から真北に延びる破線ルートの現状。林業やミカン生産の為に舗装
されたと思われるルートから未舗装に入ると倒木が、更に登るとルートの痕跡が認められる所もあるが、
獣道程度か全く不明になり、スカイラインが走る稜線上の空が見え始める場所は急傾斜をよじ登る状態で
登山道と言う事は無理。
途中で林道を横切り、猪避けの柵を越えなければならないが出入り口は無い。誰かが支柱の針金を外して
侵入した痕跡があったので、そこから進入したが、この上部は斜度も急でルートが無いのでアクセスルート
にはできない。このルート、国土地理院地図によると鉢坂と桑谷の間の稜線を超えて名電山中や藤川方面
まで続いているので、昔は蒲郡と本宿・山中・藤川付近との交流に使われた古道と思われるのだが、これ程
の急斜面を通す訳はなく、どうにも腑に落ちない。と言う事で考えてみたところ、下記のような判断に至った。
三河湾スカイライン工事が原因だろう。
着工は1968年、当時は観光開発でイケイケドンドン、環境保護やSDGsなどの考えはなかった時代。
スカイラインとの交差部には、ヘリポートと観光用の広い駐車場が造成されている。山を削って整地したに
違いない地形で、その土砂をそのまま斜面に推し落としたと考えられる。その為に、山道の形跡も消え
山道を通す様な斜度では無くなってしまったのではと推測した。
豊橋市にも弓張山系にスカイライン構想が持ち上がったが、葦毛湿原を守る会や自然保護団体の意見が通り
建設される事はなかったと聞いている。先見の明があった豊橋市が羨ましい、三河湾スカイラインが稜線を
切り刻んでいるので、仮称・蒲郡里山トレイルのルートも寸断せざるを得ない。
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