’90年代の前半に出張で訪問した成都のホテルのパンフで見た黄龍の棚田の様な泉。馴染みの運転手に 聞くと、夕方発てば寝ている間に着くので行こうと誘われたが、 8,9時間の山道との事で行けずにいた。蘇州駐在となってから、行き難い所から先にとしたので後回しに なった九賽溝と黄龍。 2006年10月の国慶節で日本旅行(上海)のツアーに予約していたが、ウルムチやラサの暴動に端を発した 建国60周年の警戒から道路封鎖が発令され急遽ルート 変更の連絡が数日前に来た。予定通りのスケジュールが実施できるか心配になったのでキャンセルし国慶節後 に個人で行く事とした。 キャンセルは私達二人だけだったが、案の定、予定変更が大きく大変だったと客と旅行社の双方から聞こえてきた。
成都の旅行社にホテル・航空券・現地の車を手配させ、国慶節の混雑の過ぎた11月に行く事ができた。 国慶節では2,3万人/日が、この日は2千人強との事。 成都発第一便で入ったので黄龍のゴンドラ乗り場は我々の2名のみの寂しさ。早朝に小雪が降った様で かなり冷えていたが、晴れ間も出て神秘的景色をゆっくりと楽しめた。 最上部から下りだけでの観光だったが、相当な疲労だった。2006年に完成したゴンドラが無かったら 最上部の最も綺麗な”五彩池”まで行っただろうか?。 下準備をしていなかったので、黄龍古寺の前でこの上は止めようかと言っていた。私が下見に登って、 携帯電話で”この景色を見なかったら、来たとは言えない”と 妻を呼んだ次第だ。